ヨーゼフ=アルトマンへ
もう何十年前なのでしょうか。あなたがわたしに宛てた手紙があったことを知りました、たった今。
あの日々を、ハンス=シュタイナーの家で暮らした日々を、わたしは今日まで1日も忘れたことはありません。
あの日々は、決して自由ではなく、窮屈で、毎日つらい報せもあったけれど、お父さんとお母さんとあなたとまた一緒に過ごせた日々は、安寧の時間をわたしに与えてくれました。
あなたとは小さい頃から一緒でした。よくうちに遊びに来てご飯を食べましたね。わたしの嫌いなものが出てくると、あなたは母に気付かれないようにコッソリと食べてくれましたね。だから、隠れ家にいた時に、何も言わずにわたしのビーツを食べようとしたあなたを見て、大笑いしたことを今でも鮮明に覚えています。「ヨーゼフ、わたしもう、ビーツ食べれるのよ!」それに、あの時は食料は全て貴重だったのだから、それを食べてしまおうとするのが、なんだかおかしかったのよ。必死で謝るあなたの顔を見て、また笑ってしまいました。毎日がそんな小さな幸せとともに在り、潜伏中の身でありながらも安らぎを得ることができました。
あの家から出て行って、大きな不安を皆んな抱えてる中で、あなたは沢山話しかけてくれて、わたしを安心させようとしてくれましたね。あの時だけじゃない、昔からずっとそうだった。ちゃんと思いを伝えたことはなかったけれど、わたしはずっとあなたに感謝していたのよ。ヨーゼフ、直接言えなくてごめんなさい。いつもありがとう。
わたしもそろそろそっちへ行くと思います。
お父さんとお母さんとあなたと、また一緒の生活が出来るのでしょうか。そうしたら…そっちでは、今度こそハンスと一緒に生きていけるのかしら。いえ、死んでしまうのに「生きていく」っていうのは、おかしいわね。それに、一緒にいるとなったら、あなたとお父さんはあの時みたいにまた反対するかしら?そうしたら困っちゃうわ。またソファに掛けて話し合わなきゃ。
ごめんなさい、あなたに宛てた手紙なのに、なんだか自問自答のようになってしまったわ。
さて、きっともうすぐチーズの載ったトラックがわたしを迎えにくるわ。そうしたらきっとまた会える。
あなたからもらった手紙と、この手紙を胸に、わたしは眠りにつきます。
それでは、おやすみなさい。
2010年1月29日
エヴァ=アイゼンシュタット
これは、アガリスクエンターテイメント第26回公演『わが家の最終的解決』でヨーゼフ役を演じた津和野諒くんが、「裏パンフ」に寄せた文章−ヨーゼフがエヴァに書いたけれど渡せなかった手紙−それに対するお返事です。
渡せなかったはずの手紙が、何十年もの月日を経てエヴァの手に渡ったとしたら。
エヴァはしわくちゃの顔で笑って、この手紙を書いたと思います。
エヴァは生きていたら今、100歳。
もしかして、この世界のどこかに…?
なんてね。
※追記
ユダヤ教の死生観では「死後の世界」は存在しないみたいです。もちろん天国のつもりで書いたわけではないけれど、わたしの不勉強でした!でももう書いちゃったのでこのまま残しておきます。